千葉県安房郡鋸南町(あわぐん・きょなんまち)の山あいの地域にあるこの横根(よこね)地区は、過疎高齢化が進む同町においても特に住民の数が少ない、いわゆる限界集落だ。今回の座談会は横根地区の今と昔を知る農家さんを囲んで、同地区に通い続けている東京在住の美術家と半年前に同地区へ移住してきたばかりの音楽家たちがお話を伺うという形式で進められた。農村部では深刻な問題である獣害とアーティストの創作活動の間に、新たな〝共通言語〟を生み出していくことは可能なのだろうか?
座談会は2月中旬に横根地区コミュニティーセンターにて、農家さんが持ってきてくれたみかんをいただきながら終始和やかな雰囲気の中で行われた。
司会・構成:倉持政晴(区区往来)
金木「本当は子供を自然の中で遊ばせたほうが良いんですよね。沢の水を飲んで。今、そういうこと誰も教えねえんで。危ないから子供に〇〇をさせない、〇〇もさせないって、そんなのばっかりじゃないですか」
伊東「僕らなんかがそこら辺の急な斜面を登るとそれだけで息が上がってしまうのに、郁男さんたちは平気で登っていってしまう。子どもの頃からこの場所に慣れ親しんでらっしゃるからきっと感覚値が違うんですよ」
金木「平気じゃないんですよ。もう80歳越えですよ(笑)」
こう話すのは金木郁男さんと伊東篤宏さんの二人。金木さんは横根に生まれ育った農家でありながら、かつては町議を6期も務めた頭脳派で、この地区のまとめ役のような存在だ。一方、伊東篤宏さんは80年代より東京都内を拠点にしながら国内外で創作活動を行ってきた美術家。蛍光灯を用いた自作楽器「オプトロン」の発明者として知られ、これまでに美術と音楽の領域を行き来するユニークな活動を続けてきた。伊東さんは2年前からミュージシャン、DJ、俳優、映像作家、プロデューサーといった、いわゆる創作や表現活動を生業としながら都市部に暮らしている仲間たちと一緒にここ横根地区へと通い続けている。そのきっかけとなったのは、都心から車で1時間とちょっとで来ることのできるこの場所で増え続けている〝野生動物〟たちの存在だった。
伊東「斜面なんだけどさりげなく歩きやすく作ってあったり、すごいんですよ。ここどうやったんですか?って聞きたくなるところがいっぱいありますもん。時間かけてやってこられてるから。なんでもできちゃう」
金木「まあねえ。なんでもやんないとねえ」
伊東「そういうことですよね。やらないといけなかったというか、人と自然が絶えずせめぎ合っている場所だから。保全することが生活の一部ですもんね」
金木「そうなんですよ」
── 〝なんでもやらないとね〟の中には動物のこともありますよね?
金木「ええ、そうなんですよ」
安藤「郁男さんがまだ小さかった頃からいたんですか? 害獣と言われる動物たちは」
金木「小さかった頃はこの辺りにはイノシシもシカもいなかったですね」
楠瀬「ええっ、いなかったんですか!」
安藤「僕たちの家の周りにはイノシシがよく出るんです。サルは20匹くらいの群れでやってきます。サルは屋根で遊ぶのが好きなんですかね?」
金木「いますね、あそこはね。音がするのが良いみたいですね」
伊東「ここら辺でもトタン屋根の上でよくやっていますもんね。ダン、ダン、ダダンってダンスみたいな音を出しているの、わざと」
安藤・楠瀬「ミュージシャンだ(笑)」
安藤巴さんと楠瀬亮さんはともに20代の音楽家。近隣に気兼ねすることなく音が出せて、膨大な量の楽器を置くことができる広さのある家を探していた二人は、横根地区の山の中で長らく空き家になっていたログハウスを空き家バンクで発見し、昨年の夏に移り住んだ。いわばこの横根の新顔だ。
── ここでやっていることは獣害対策ですから狩猟ではなく指定有害鳥獣の駆除ということになるんですが、二人はそういうことにも興味があるみたいなんですね。
安藤「僕たちの家からは採石場が見えるんですが、人間が山を崩したり形を変えていることが原因だと言われることはあるんですか? だから動物たちが人のいるところにまで降りてきちゃったみたいな…」
金木「うーん、そういう所から降りてくるっていうよりも、餌が無くなっているからなんだと思いますけどね」
伊東「個人の意見だけど、人間が自然を壊していることが理由じゃないと思うよ、動物が増えてるのって。餌がないのは確かなんだけど、それって鹿とかキョンの頭数が増えちゃったのが問題で、自然が賄いきれなくなっているんだと思うんです。長い年月をかけて、ある時に臨界点を超えて爆発的に増える状態が続いちゃってるんだね。どこかサイクルがおかしい」
── 花卉(かき)栽培が盛んな南房総地域においても鋸南町は正月の時期に咲く水仙が有名ですが、横根の水仙畑もとても綺麗だったそうですね。でも、今は動物による食害がひどいと。イノシシが餌を探すために地面を掘り起こして地中の球根がむき出しになると、それを見つけた鹿が食べてしまうというコラボレーションが山の中で起こっていると聞きました。シカは毒性のある水仙の球根を食べないという定説があったのに。郁男さんは長年ご自分の山を観察してこられてきて、他に気になっている変化はありますか?
金木「いやあ、もう手入れしないんですよね。皆んな諦めちゃって」
── ご年齢のことも、住民の数のこともありますしね。
金木「そもそも杉やヒノキの木は50年か60年で切るんですよ。老木を。それ以外の普通の雑木と呼ばれる木は20年に1回。木を切って、また次の木が出てくる。それをまた切ってという、その繰り返しなんですよね。今それをやらないんで」
── 山の中は老木だらけだっていいますよね。そうすると木が水を吸い上げる力が弱かったりと、土壌に与える影響もありますよね?
金木「そうなんですよね。倒れてきますんでね」
安藤「家の上の方にある木もめちゃめちゃ倒れていて。うちもどうにかしたほうが良いのかな…」
── 一人や二人でできるレベルではないですよね。皆んなで協力しあって地道に、着実にやっていかないと。
伊東「杉は大半が植林ですよね?」
金木「そうなんですよね」
── ここら辺の山の中には、今のように道路が整備される以前の、他の村へ行くための昔の山道が残っていますよね。でも令和元年の台風のせいなのか、歳を取って自然に倒れたのか、倒木だらけで。昔は人が行き来していた道が倒木で塞がっていて、今はきっと動物たちだけが便利なその道を使っているような気がします。地面が隠されて日が当たらないままだと他の植物も育たず、山が弱っていくという。
伊東「そうすると餌が採れる量も以前とは変わっていて、動物にも影響を与えて…」
金木「手入れしねえから。木を倒して炭とか薪にして売れればいいんですけどね。漁師が魚取れねえって言うんだけど、それにはまず山を手入れせねば」
伊東「手入れができないというのは人数が足らないから?」
金木「やっぱりお金にならないんで。この辺では昔は炭や薪が売れましたけどね。今は林業やる人がいないんで」
安藤「お金にならないからなんですね…」
伊東「労働量が今の尺度で考えると見合わない。自然相手だから割が良いとか悪いとかそもそもあるのかって話にもなる。難しいね」
金木「家は建てて30年くらい保てば良いという時代ですからね。一代保てば良いという時代なんで」
伊東「そもそも日本産の建材でガンガン作ってるものなんてないですよね。でも今は却って輸入材木が高い。戦争の影響もあって」
安藤「棚を作ろうと思って昨日買った木材がとても高かった。去年は品切れになってましたもんね」
── 目の前にこんなにたくさん木があるのに何故?って思うんですよね(笑)。結局お金の話になってしまう、いつも。
伊東「それにしてもこの資源はもったいないというか…」
金木「ねえ、勿体無いですねえ」
安藤「なんとかしたいですもんね」
── 山買ったら?
安藤・楠瀬「うふふ(笑)」
金木「山は手入れしないと。あと何年か経ったら杉の木が良くなるように」
伊東「サイクルを作るということですよね」
金木「そう思いますね」
── ここは鋸南町という行政上の区分で見れば一番端っこにある場所で、山の中なので近隣市の人が住んでいない土地と繋がっているから、動物たちは余裕で越境してきてしまう。対動物的な人間の視点で見ると、ここが最前線になっちゃっている。
伊東「フロントライン。だから君ら、結構どえらい所に越して来たんだよ(笑)」
一同「(笑)」
── この横根に20人くらい若者がやってきたら何をやりたいですか?
金木「いやあ…」
── 横根の山の手入れは20人でできますか?
金木「それはできると思いますよ。まあ、20人も若者が来たら…たまげてね(笑)」
── まず、たまげる(笑)
伊東「やる気のある人たちだったら20人もいれば相当進みますよね。体動かすのには絶好の機会なんですけどね、東京で燻っている若い子たちにやらせてあげたいくらいですけどね」
金木「ああ、そう?」
── 都会でも田舎でも、親や大人や学校に教わってきたことだけでは満足できない、納得できない、それだけのはずがないと思っている人たちがたくさんいるはずですよね。そういう人たちが自分の意志で小さな世界の外側に出て行って初めて知ることのできた別の世界ともっと深く関わりたい、勉強したいと思っても中々そのとっかかりがなくて、結局その場から離れられずにいる人も大勢いる。自分が知らない土地でも参加できるようなことがもっとあればいいんですよね、本当は。
金木(大きく頷く)
── 郁男さんたちが横根でやってらっしゃったイベント『狩猟エコツアー』なんかは、まさにそういうことですよね。意外と女性の参加者が多かったっておっしゃっていましたよね。
金木「(動物の)解体なんかね、けっこう若い人たちが来てやりましたね」
安藤「東京で働いている友達の中にも土日に解体をしに行ってる人とか結構いて。東京から行ける所でいっぱいやっているから。そういう意識を持ってる若い人たちはいる。食育と繋がっていたり、農業で新しいことをやっていたりとか」
── 狩猟エコツアーは台風とコロナで5年間のブランクができてしまった。
伊東「動物がこれだけ増えてるからまたやった方が良いと思うんだよな」
金木「もうこの歳になってくるとね。一番最初に始めた時には皆んな〝人が来んのかし?〟って反応だったけど、〝だけ、やんべえよ〟って募集したらすごい人が集まって。20人くらいの想定でいたら70~80人集まって。1年に1回か2回かにすべえさって言ってったのが、どんどん増えていって。その時分は若えったから〝やんべえなよ〟つってやったんですけどねえ。だから、やれば人が集まってくるのはわかりますけどね」
── 安藤さんと楠瀬さんは動物の革や骨を使って楽器を作りたいと言っています。安藤さんは太鼓をやる人なんです。
安藤「太鼓って動物の革で作るんで。太鼓作ってる知り合いは、どういうやり方なのかわからないけど毛がついたままの革を太鼓にしていて」
金木「へえー」
安藤「『東京塩麹』というバンドの(タカラ)マハヤさんという人が楽器作るんですよ。本当に捕れたまんまの毛のある皮で太鼓作ってたりして」
── この場所では野生動物たちは厄介者でしかないから、対策して捕獲して駆除したら、あとは捨てるしかないという感じなんですよね。伊東さんには郁男さんから先日いただいた鹿の頭蓋骨を渡して、作品を作ってもらおうと。いずれ彼らも楽器を作れたら面白いのではないかと思っています。革の管楽器なんか存在しない?
楠瀬「骨やツノは使えますね」
伊東「革使うのだったらバグパイプがある」
安藤「あっ、バクパイプ! 僕、いま始めたくてしょうがないんですよ」
伊東「チベットはヤクの骨で笛作るでしょ?」
── こうやって、処分される動物たちの新しい使い道について物や作品を作る人たちと考えているんです。
伊東「ツノ使ってなんかできないかってずっと検討してます。弦楽器作れそうなんだよね」
金木「うん、なるほどね」
伊東「そういうわけわかんないことを考えています(笑)」
金木「まあねえ。できるの?(笑)」
── 獣害の問題に興味がある人は増えているんだなと思います。特に都会で。最近になって報道の影響で房総半島のキョンのことが全国区で知られ始めたということもありますし。
伊東「去年、展覧会でキョンの骨で作った作品を出したら、〝えっ、千葉で今増えてるあの動物?〟って皆んな言ってましたから」
── 僕たちはこれからも野生動物の革や骨を使って、郁男さんや(川名)重雄さんからは〝なに?〟って言われるようなものを作りたいと思っているんですけれども、暖かい目で見守っていただけたらと思っています。
金木「おらほうでは、もうねえ、捕まえるだけで」
伊東「そのお手伝いをさせていただけるだけでこっちは光栄なんですけども」
── 捕まえる方も人手が足らないってお話があったじゃないですか。そしてその後継者も。その土地に住んでいないとできない仕事ですもんね。
金木「そうですね。段々といなくなっちゃうもんね。銃でやると皮を使うってわけにはいかなくなっちゃうもんで」
伊東「郁男さんは止め刺しの発明者だから」
安藤・楠瀬「(笑)」
伊東「いやいや、本当に」
金木「ああ、止め刺し? 電気でやれば一番良いんですよ。バッテリー使って刺せば倒れるんで。最初は檻に入っているのを鉄砲で撃って良いって言われたんですよ。そしたら鉄砲で撃っちゃいけねえって話になったんですよ。じゃあどうすんだよってことで、包丁で刺せっていう風に言われて。包丁で刺すったって暴れているのは危ないんですよ。檻の中で追い詰めて刺していたから時間がかかったんですよ。こんなことやってたら商売になんねえよつって、それでバッテリーでやるやつを…」
伊東「発明されたんですよね」
金木「発明したっていうか思いついたんですよ。昔、あれで鰻を捕まえたんですよ。川に持って行って。プラスとマイナスくっつけるとビャーッと出てくるんですよ。それを掬う」
安藤「それを改良した?」
金木「そう、改良してみようべつって、やったんですよ。そしたらコロッと死ぬんですよ。檻にマイナスを刺しておいて…」
安藤「なるほど、箱ワナ自体に!」
金木「鰻捕まえるのは違反だから黙っとけば良いつって、3年くらい黙ってたんですよ。そしたらどこから聞いてきたんだか、同じような所の仲間がね〝お前、良いのあるらしいな。作っててくれよ〟って。〝だめだよお、あれ違反だから捕まっちゃう〟って言ったけど〝いやいや大丈夫だよ、捕まんねえから作ってくんねえかい〟って頼まれてさ。じゃあ作ってやんべよって一機作ったんですよ。そしたらその仲間がそれを市役所に持って行っちゃったんですよ」
一同「(笑)」
金木「〝あんだよ〟つってさあ(笑)。そしたら市役所の人が県に行って聞いたんだそうですよ。〝おらほうで良いの作ったんだけど〟って自慢気に言ったと思うんだけど。〝そんじゃあ聞いてみます〟って。そしたら〝大きな動物も殺せるんで違反じゃねえ。だけど危ないから安全性の部分で引っかかるかも知んねえ。でも殺すことは違反じゃねえですよ〟って。それで今度は〝南房総市で7機作ってくれよ〟つって。あそこは合併したところなんでね。ええーっ?て言いながら7つ作ってやってさ。で、その頃はここで解体やったり色んなことやってたんで、有名な先生(小寺祐二氏)も来ていたんですよ、今は宇都宮大学にいるのかな? あの先生も解体をやってたから〝いやあ、良いの持ってますね〟って。〝作ってくれよ、作ってくれよ〟ってさあ。先生はその時九州にも行ってたから、九州でも評判になってね。ある時期になって九州の人が来て〝これ作らせてくれねえか〟ってさ」
── 郁男さんのアイデアが全国区になっていく。それは先生ではなく業者だったんですよね?
金木「うん、業者。〝特許を取らねえんかい?〟って言うから、〝いや、取らねえよ〟つってさあ。そんなの要らねえよつって。〝じゃあうちで取らせてくれ〟つって。それが今、全国的に広まっちゃって。なんて言うの、初めて作ったといえばそうなんだけど」
伊東「実はすごい発明家なんですよ」
── 特許取っておけば…っていう話もありますよね(笑)
一同「(笑)」
── 僕たちはこちらに通い始めてから最初に知り合ったのが郁男さんたちだったので、郁男さんはとてもクリエイティブな人だなっていう印象なんです。こういう話を最初に伺っていたので。先ほど〝なんでもやらなければいけない〟っておっしゃっていたけど、自分で作るということを当たり前のようにやってらっしゃる。
伊東「創意工夫。無いものは作る。それって結局、ちょいと小洒落た言い方をすればクリエイティブ」
金木「こんなことをやってみたいというのがいっぱいあったんでね、その当時は。オーナー制もやりましょうよつってさあ。うちに資料全部ありますよ」
安藤・楠瀬「オーナー制?」
金木「イノシシの罠を一機貸しますよと。二万円でも良いから貸しましょうよと。で、獲れたのをおらほうが(解体を)やりますよと。そういうオーナー制をやろうかって。なかなかうまくいかなかったけど、色々勉強してやったよね。ハンターの養成もやりたかったんだよね。狩猟は来てすぐやれるもんじゃねえんで、やっぱり危険が伴うから。2~3年かけて教育するっていう。〝やろうさ!〟つって」
安藤「結局やれなかったんですか?」
金木「やれなかった。やるには良いところがある…っていうのは、お宅の住んでる所の裏山にうちの牧場があったんですよ。10町歩からあるんでね。あそこで養成をしようって。イノシシ、鹿が出るんで。それをまあ、東京から何人か呼んで養成するっていうのをやりたかったんだけど、もうやれねえ(笑)」
── 後継者がいないことが大きな問題ですよね。興味を持っている人と地域の問題を繋げる部分が切り離されてしまっている。
金木「ええ、大きいですね。やっぱりね、都会の人がただ撃ちたいっていう感覚で来ると事故を起こすんで」
伊東「誤射をしてしまったり?』
金木「多いですね。来て2~3年は色々教わりながらやんねえと中々できないので。自分勝手にやられたら事故起こしちゃうんで。だからまあ、こっちに来てやりたいよっていう人がいても、こっちのハンターは中々入れないんですよ。〝ここにいなさいよ〟って言ってるのに別の所に行っちゃったりすると大変なんで。そこら辺は見ないと。ダメだって言うんじゃなくって、言うこと聞かないから。今までに何人も来てるけど、2回目から来ないって人いるよ。でもずっと来てる人もいるよ」
── 今後どうしていくかというのは重要ですよね。一方で、郁男さんと重雄さんは動物が罠にかかったら駆除して、その尻尾を切って役場に届けて、報奨金を得て、それをまた獣害対策の活動費に回している。超インディペンデントです。そういうことを毎日ずっとやってこられてきた。
伊東「その過程で得られる素材を何に再利用できて、それがある意味、多少なりとも循環する…要するにお金を生めるっていうか、多少なりともそういうことができるんだったら、そのうちのパーセンテージを再び活動費に回していけるじゃないですか。そういうサイクルが理想的なんですよね」
── 安藤さんと楠瀬さんは音楽家ですし、伊東さんは美術家なんですけど、駆除された後は廃棄されてしまう野生動物から得られる素材を使って新しい物を作ることで、鋸南町のこの横根という地区の取り組みを、ひいては獣害が地域に及ぼす問題の大きさを知ってもらうことは当然ながらとても大切なことなんですが、本題はその後のことですよね。知ってもらった後、何かしらの方法でこれに関わりたいって思ってくれる人に対してオープンな状況を作らなければいけない。
金木「そういうことを我々はできないけど、材料は提供することはできるんで」
伊東「郁男さんは材料の提供者どころか、その手前の段階で道具の発明もされているじゃないですか。そもそも、今日も僕らがこうやってお話をさせてもらいたいって思うのは、山林を持ってらっしゃる方たちが皆んな郁男さんのような方ばっかりかというと、多分そうじゃないからなんですよ。郁男さんはやっぱり面白いですよね。アクティブさと、無いから作るという、そういうところが」
金木「そんなことないと思うけどねえ(笑)」
座談会を終えて──
広大でありながら時には狭く感じてしまうこともあるこの世界を〝田舎〟と〝都会〟の二つに切り離してみることは概念上では可能だが、実際には両者は地続きの環境の上に成り立っているのであって、その間には何も存在しないのかといえば当然ながらそんなはずがない。むしろその中間領域が、そこに廃棄され続けてきた未解決の諸問題とともに拡大・増大してきた結果、田舎と都会がそれぞれの縁(へり)へと追いやられ始めている……そう考えてみることで、私たちが日々目の当たりにしているこの世界の有り様についてより理解を深めることができないだろうか。
房総半島は、中央=首都から見れば関東地方をかたち作る陸地の巨大な行き止まりのような姿をしているが、海や川といった水路による人の移動と物流が盛んであったかつての時代には、その先端部分である南房総地域は異文化がもたらされるポータル(玄関口)であり、人と文化が交わる最前線でもあった。現代の高度情報化社会においては全方位的に知識を獲得しようとすることは必携の処世術と思えるものの、たとえ360°周囲を見渡せたとしても自分を中心とするその世界の風景は、一つの場所に止まり続けている限りは一向に代わり映えすることがないだろう。価値や欲望がすっかり反転しているようにさえみえる、それぞれ異なる自然/社会環境を持つ田舎と都会の間を行き来することで、初めて見える景色や湧き上がってくる言葉があるものだ。
そんな両域を跨いで対話を成立/再開させるためには、お互いの現状に則した〝共通言語〟を一つずつ新しく作り直していくことが急務なのではないだろうか。区区往来(まちまちおうらい)というプロジェクトは、創作=クリエイティブの観点から諸問題を見つめ直し、アートや映像といった作品の制作、作品展やイベントの開催といった活動を通して、異なる土地、世代、文化の中間から新しい〝循環〟のあり方を探ることを目的としている。ギターとアンプの間で巻き起こるフィードバック音のように、創作という行為を通してモノを新しいかたちに変えて、社会の中へと戻していきたいのだ。土地そのものが勝手に動き出すことはないが、自然と人の間に引かれた不可視の最前線は常に移動しながら変化を続けているのだから。
文責:倉持政晴(区区往来)
金木郁男|Ikuo Kaneki
1943年鋸南町横根地区生まれ。農家。鋸南町議会の議員を1987年から6期にわたり務めた。横根地区の農家たちと「横根ワナ組合」を組織し、田畑を荒らす野生動物捕獲のための箱罠を自作し、電流を用いた止め刺しの方法を発案するなど独自の獣害対策に取り組んできた。また、鋸南町が企画・募集した、自然豊かな横根地区を舞台に野生動物の生態・獣害対策・解体方法などについて、座学とフィールドワークで学ぶ「狩猟エコツアー」に講師として協力。その後、鋸南町地域おこし協力隊と協力して、災害ボランティア受け入れや外部人材による防護柵の施工支援、生物学部等の学生の現地演習など鋸南町を訪れる多様な人材の受け入れに尽力。
※金木郁男さんプロフィール作成協力:黒澤徹(AMAC)
伊東篤宏|Atsuhiro Ito
美術家、OPTRONプレイヤー。1965年神奈川県生まれ。1992年多摩美術大学大学院修士課程修了。大学在学中より平面絵画作品を制作・発表して来たが、90年代後半より蛍光灯を素材としたインスタレーションを制作。1998年に蛍光灯の放電ノイズを拾って出力する〝音具〟OPTRONを制作、命名。展覧会会場などでライヴを開始する。2000年以降、国内外の展覧会(個展、グループ展等)、音楽フェスティバルなどからの招集を受け、世界各国で展示とライヴ・パフォーマンスをおこなっている。コロナ禍を機に、再び平面絵画作品やコラージュ作品を制作・展示し、同時期に害獣駆除により殺処分された獣の骨等を素材とした作品制作も開始し、現在に至っている。
安藤巴|Tomo Ando
千葉県柏市出身。打楽器奏者。 全国のオーケストラへの客演、現代アンサンブルへの参加、独奏の活動を中心に、近年はたくさんの楽器を用いた自分自身の表現を模索しており、即興演奏、楽曲制作等の活動も増えている。第37回日本管打楽器コンクールにてパーカッション部門第1位。NHK FM「リサイタル・パッシオ」など出演多数。千葉県鋸南町在住。
楠瀬亮|Ryo Kusunose
高知県香南市出身。2021年に東京藝術大学を卒業。在学中はクラシックを学ぶとともに自身の興味のあったジャズや作曲、即興演奏、トラックメイクなどに存分に打ち込んで過ごす。昨年9月に鋸南町に移住。最近は打楽器や笛を収集する事に精を出している。
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シシシカキョンキョナン展
越境する野生動物たちのすがた ─ 6組のアーティストたちによる作品展
イノシシ、シカ、キョンといった野生動物の頭骨やツノや革を用いて制作された様々な作品を一挙展示。本展は素材を提供していただいた鋸南町を出発点として、今後は各地を巡りながら進化していく予定です。
■参加作家
伊東篤宏
小島元彦
サカタアキコ
塙将良
HAMADARAKA
matagot
□日時
2024年4月27日(土)〜5月6日(月祝) 10:00〜16:00 (会期中無休)
□入場料
無料
□会場
道の駅保田小学校「まちのギャラリー」(千葉・鋸南町)
▼詳細
https://machimachi-ourai.com/660d36ef01508/
企画・主催:区区往来
協力:横根ワナ組合 (鋸南町)、スタジオ静 (鋸南町)、伝右衛門製作所 (館山)、館山ジビエセンター (館山)
*鋸南町地域おこし協力隊連動企画
<関連イベント>
移動演奏会「音のまたたき」
GWで賑わう道の駅を舞台に二人の音楽家が繰り広げる移動式即興演奏ライブイベント
■出演
安藤巴(パーカッション、他)
楠瀬亮(サックス、他)
□日時
4/29(月祝)、5/5(日)
両日ともに12:00から15:00までの時間帯
□参加費
無料(投げ銭大歓迎)
□会場
道の駅保田小学校+保田小附属ようちえん全域(千葉県・鋸南町)
▼詳細
https://machimachi-ourai.com/event_otonomatataki/